美の表現・受容と脳の働き



 美術や音楽などは非言語的な個体意識の表現と受容のあり方であり、重要なコミュニケーションの手段でもあります。私たちは人が絵画を鑑賞しているときに生じる美の意識や情感がとのような脳の働きによって生まれるのかを探求しています。
 この研究では視覚刺激としての絵画情報と情感情報処理系としての脳の反応という観点から人を被験者とした実験を行います。様々のカテゴリーの絵画がもつ色、明暗、顕著性、図地分化などの絵画特徴の客観的評価、絵画によって誘発される印象(主観的評価)、絵画を観ているときの脳活動のfMRIによる観察を行い、これらのデータ間の相関を評価することにより研究を進めています。これにより情感や共感など人間において高度に発達した精神機能の本質に迫ります。

視覚系の神経回路と受容野の性質 — 刺激文脈依存的反応修飾



 地球上で生活する動物の殆どの種は視覚によって環境と自身との関係についての情報を得ています。私たちは哺乳類の網膜から大脳皮質視覚野まで、初期視覚系のネットワーク(神経回路)とそこで行われている情報処理について、神経生理学的手法を用いた研究を行っています。
 哺乳類において、個々の視覚ニューロンは視野内の一定範囲(受容野)の情報に反応し、そこに含まれる物体の形、大きさ、色、動き、奥行きなどの特徴情報が視覚中枢のネットワークの中で処理されます。このとき、視覚ニューロンの受容野の周囲にどのような図形パタンの刺激が存在しているのか、すなわち受容野の刺激が一様な全体パタンの一部をなすのか、それとも背景とは異なる図形特徴を持つためにポップアウトするのかということに依存して、視覚ニューロンの反応が変化します。これを刺激文脈依存的反応修飾 stimulus-context-dependent response modulation といいます。これは刺激が存する状況に応じて行動上の目的に必要な情報の抽出・処理を行う働きであるとともに、脳活動の効率化の実現といえます。
 私たちはこのような哺乳類視覚系の神経回路構築とその情報処理機能の実態を、コンピュータ技術を駆使した様々の視覚刺激とニューロン反応の記録、さらには各種神経伝達物質の働きについての神経薬理学的実験によって解明しています。この成果は視覚系にとどまらず、感覚受容器 — 視床 — 大脳皮質からなる感覚入力系がどのように構造化され、そこで処理された情報が行動に反映されるのかという脳の機能構築原理を理解する上で重要な情報になります。

アセチルコリンによる脳活動のコントロール



 アセチルコリンシステムは脳幹部および大脳基底部を起源として脳全体を支配し、脳の活動性を調節しています。アセチルコリンシステムの活動は、個体の内因性要因(注意、動機、情動など)や外因性要因(感覚入力など)によって変化し、その時々の行動上の必要性に応じて、目的に合った脳と身体の活動を実現するように働きます。また、アセチルコリンシステムの機能低下は認知症の原因のひとつとも考えられています。
 私たちは明暗のストライプ状視覚刺激の図形特徴を判別する学習課題をトレーニングしたラットを用いて、アセチルコリンがどのようにニューロン活動および学習効果をコントロールするのかを調べ、覚醒行動中のアセチルコリンによる脳活動調節の実態と仕組みを明らかにしています。これまでの研究で、アセチルコリンが正常に働くことにより動物の視覚弁別機能が高まり、また学習の成立や記憶においても促進的に働くことが明らかになっています。